高6.6�僉8�径7.5�僉�最長部9.9�僉�重137.6g。銀に鍍金。
1970年代に陝西省の何家村で、唐代の穴蔵が見つかり、そこから多数の金銀製品が出ました。
後にそれは日本でも公開されました。大行列で博物館が幾重にも取り囲まれる騒ぎでした。
宝物の1つに、宝相華紋で飾った小さな金杯があり、同時に展示された日本の和銅開珎銀銭と並んで大人気でした。
《安禄山の乱から逃げた?》
何家村の穴蔵は皇族の宝物を急いで収めたらしく、安禄山の乱(756年)で「一寸逃げるつもり」で慌てて逃げた持ち主が、帰れなかったのでしょう。
本品は胴側の上下端を瑞雲紋で飾り、胴の中央部に真に華やかな宝相華紋を4つ凸線で描いてあります。
本品の細部を見ると、どうやら花紋には貴石を嵌めてあった様です。
陝西省博物館の同類品は口径6�僂両�型品で、貴石の痕跡が無く、本品の観察で初めてそういう事が判ります。
《錆も泥土もそのままに‥》
本品は花紋の内外等に古い錆や泥土が着いています。
私共は土や錆が真正品の目印である為、除去しませんが、以前に1つ入手なさった方が掃除なさったら、全く美しい黄金色に戻りました。
本品は前掲の展覧会の頃に中国から求めました。
6個出土したのを、何年かに1つずつ手放しています。
恐らくこの銀杯を実用したと思われ、金製の陝西省博物館の物は副葬用の明器で、宴会では本品を使用したと推理します。
このクラスの杯は、あの時1度きりで2度と見た事さえありません。
桐箱入り。