高さ32.6�僉F昂�24.3�僉�重さ597g。木胎の漆器。
日本中のどの美術館の所蔵品をも越えた2000年前の名作‼
漆の木は支那たいりくが減産だそうですが、最古の漆は1万2000年前の縄文遺跡で発見されています。 7000年前には日本支那共に漆器が盛んに造られていました。
《馬王堆(ばおうたい)漆器の衝撃》
古代漆器が人々の予想を超える美しい物であった事は、1950年代発掘の湖南省長沙「馬王堆」漢墓をはじめ楚国の故地の出土漆器が、日本で公開されて、世界に衝撃を与えました。 その時に展示された漆器の様々は、今も湖北省博物館等の目玉として、世界からお客を呼んでいます。
然しながら、本品程に美しい保存状態の品は有りません。
《高蒔絵の技法はここから?》
本品は火を刳り抜いて胴を造り、別造りの高台をつけて上から全体に黒い漆をかけ、その上に朱と黄と淡い紫を用いて図を描いています。
胸の左右に1つずつ不遊環をくわえた饕餮(とうてつ)の顔を凸刻してあり、その左右に黄色で狐・2羽の鳥・虎を立体彫刻で配しています。
鳥獣の彫刻の下には、朱で囲んだ黒い半丘形の凸起を1列に連ねています。
その上の獣の足下には雲気紋を黄・赤・薄紫で描いてあります。
この壺の絵付けで驚く事は、鳥獣や半円状の凸起を漆を盛り上げて造ってある点です。
これは古代陶磁の貼花や青銅器の肉彫り彫刻を漆器で再現したもので、言い方を変えると、日本の漆工品の「高蒔絵」の技法に発展して行くものではないかと思えます。
《支那では蒔絵が生まれる事が無かった》
支那の彩画漆器は本品を頂点に廃(すた)れて行き、装飾法としては螺鈿や彫漆(堆朱)が盛んになりました。
16世紀頃の明代の書物に「漆工芸は我国から日本に伝わったものだが、今日の我国では日本人の作る(高蒔絵の)様な見事な物は造れない」と嘆いています。
蒔絵の内でも「高蒔絵」は漆器の図紋部分の漆を盛り上げて立体彫刻した、日本独自の漆工品ですが、本品は高蒔絵のヒントが支那にあった事を示す、超貴重な作です。
更に、本品は完全に水分が抜けている為、今後通常に展示しても、ひび割れも変形もしません。
桐箱付き。