直径3.5�兪宛紂�重さ5.4g前後。個体差あり。
始皇帝が前221年に支那を統一する迄、各国は種々の形や量目の銅銭を使っていました。
始皇帝は支那平定の為の様々な統一事業をしましたが、文字と銭の統一で、人々が同一民族としての意識を持ち始めました。
以後20世紀の初め迄、支那の銅銭は「秦半両」以来の円形方孔を保ち続けました。
半両銭は「半両」という定額面が表示されており、発行当初は百枚で米1石、1万枚で馬1頭が買える高額銭でした。
わが国でも江戸時代の銭譜に出ていましたが、実物を入手した人は、多分居なかったでしょう。
1976年にカタログには12万円と有りましたが、私がその版元(万国貨幣洋行)で買ったのは24万円(私の月給の8.7か月分)でした。
今もそれを持っています。
その後、始皇帝陵の陪葬墓から出た物が横流しされ、買い易くなりました。
中国では偽物が極めて多く、オークションのカタログ掲載の図版や説明を信じて応札すると、とんでもない物を送って来る事が有ります。
だから私の存命中に値上がりすると信じています。
秦半両は後期に銭文不鮮明のが有りますので、美銭をお売りします。
プラケース入り。